貸本屋の台等

このような貸本屋を通じて1冊の本が20人から30人の間を回るようになってくると、その本は貸し出されなくなってくる。
そういう場合にはまた別の貸本ルートがあったようだ。それは借りられなくなった本を貸本屋が市を開いてお互いの持ち本を交換したり、貸本を兼業する行商人に安く卸したりしたのだ。こういった流通の仕方も「貸本」の一環である。
人々の本に対する受容が高まるにつれて、貸本屋の営業は加速を強めていった。
以下は引用である。「『若樹随筆』には、次の話がある。繁盛の貸本屋では十四、五人も使い、よく稼ぐ者は一月二十四、五両(一両は約六万円)もかせいだ。
新刊本は貸本屋などで買い占め、封切本の見料は三分(一分は約一万五千円)ぐらい、購入本の値段は二分二朱ぐらいで、随分と暴利をむさぼっていた。
それは封切本で貸本を読むのが仲間内での誇りになっていたからである」